ディスカホリックによる音楽夜話

好きな音楽について駄文ではありますが、あれこれ綴って行こうかな。

Steven R. Smithの新作 ”Half Light Unfolding” に込められた父へのレクイエム

90年代中頃よりカリフォルニアを拠点に活動しているマルチ楽器奏者、Steven R. Smith。彼は本人名義のほかにも、音楽性やテーマに合わせて非常に多くのソロプロジェクト名義を使い分けて活動しています。サイケデリック・ロック、インディー・ロック、フォーク、ノイズなどを融合させた独特の世界を構築しており、その多くは自宅での多重録音によって制作されています。本日は2026年9月にレーベルEiderdown Recordsよりリリースされた、Steven R. Smithの最新作『Half Light Unfolding』を取り上げます。

 

Steven R. Smith / Half Light Unfolding

本作の録音はロサンゼルスの自宅および自身のWorstward Studiosで行われ、ギター、ピアノ、ベース、ハーモニウム、オルガン、ドラムなど、すべての楽器をSteven R. Smith自身が演奏しています。これまでの作品に多く見られた「サイケデリックやノイズをドローン音響で結びつける手法」とは対照的に、本作はギターとピアノを中心とした、簡素で情感豊かなサウンドが特徴です。全曲インストゥルメンタルで構成されており、催眠的なギターのフィンガーピッキングとピアノが、牧歌的でメランコリックに鳴り響きます。心に残るような憂鬱さを漂わせながらも、深い満足感と魂の温かさ、そして力強い美しさも兼ね備えています。

 

馬、犬、猫、ウサギ、鹿などの動物たちが、星と三日月の下に描かれている印象的なアルバム・ジャケット。このカバーアートは、1493年頃にパリの著名な出版人Antoine Vérardによって刊行された中世〜初期ルネサンスの貴重な書物『L'art de Bien Vivre et de Bien Mourir(善く生き、善く死ぬための芸術)』から採られた木版画が使用されています。この書物には「どうすれば善い生を送り、安らかに死を迎えるか」をテーマに、キリスト教的な道徳、誘惑への対処、祈り、魂の救済などが記されています。

 

アルバムのクレジットには、本作が昨年亡くなった彼の父親 Alan V. Smith(1934–2025)の記憶に捧げられていることが記されています。アルバム・ジャケットとの関係性が確認できますね。何となくラスト曲 Returning to Everything(すべてのものへと戻る)へと繋がる感じがする。静謐で内省的な方向性でありながら、聴き手の心を穏やかに包み込む、美しいレクイエムのような1枚です。

 

 

 

 

Steven R. Smithについて、色々と書いています。

 

 

Eddy Current Suppression Ringの7年振りの新作 “In Light of Recent Events” 、すべてのガレージパンク・ファン必聴の1枚 !

Eddy Current Suppression Ringは、2003年に結成されたオーストラリア・メルボルン出身のガレージパンク・バンドです。Brendan Huntley(ヴォーカル)、Mikey Young(ギター)、Brad Barry(ベース)、Daniel Young(ドラム)の4人組で、Mikey Youngは Eddy Current という変名でも知られている。バンド名は、変圧器などの電気機器で渦電流を抑制・減衰させるための銅製抑制環という、実際の工業用部品パーツに由来する。メンバー4人ともレコードプレスの工場で働く仲間だったそうです。これまでに5枚のアルバムをリリースしており、本日は自主制作で7年ぶりとなる新作  ”In Light of Recent Events” を取り上げます。

 

Eddy Current Suppression Ring / In Light of Recent Events

本作は、どことなくすっとぼけたようなBrendanのヴォーカルと、Mikeyの自由奔放で荒々しく突き刺さるギターを中心に、BradとDanielのリズム隊がしっかりとサウンド全体を支えている。現代社会における個人の無気力さや思考の膠着、他者の苦しみに対する無関心を冷徹かつエネルギッシュ、そしてシニカルに表現。その刺さる歌詞をキャッチーなメロディーに落とし込み、疾走感のあるガレージパンク・サウンドに乗せて歌い上げている。バンドの生々しいエネルギーが一体となり、聴き手の高揚感を引き出してくる作品です。

 

私は本作のことをBandcampの情報で知った。気になって調べてみると、彼らの自主レーベルSuppression Recordsからの完全自主制作リリースだった。2026年5月にデジタル音源が先行配信され、フィジカル(レコードやCD)は7月発売予定となっていた。日本での知名度を考えると国内流通はないだろうと諦めかけていたのだが、タワーレコードやディスクユニオンがしっかりと在庫を確保していたのだ。レコード店の仕入れ担当者の卓越した力量とセンスには脱帽する。改めて、すべてのガレージパンク・ファン必聴の1枚だと思う。

 

 

 

オランダのThe Hobknobsが鳴らすローファイDIYポップ

The Hobknobs は、オランダのローファイ・インディー・ポップ・デュオです。オランダのポストパンク・シーンで異彩を放つバンド Lewsberg の中心メンバーとして活動するArie van Vlietと、同じくオランダのガールズ・オルタナ・バンド The Klittens のヴォーカリストYaël Dekkerの2人によって結成されました。2025年に50本限定のカセット音源『Gather No Moss』でデビューし、2026年6月に1stフルアルバム Helmets Off をリリースしました。本日は、THK Recordsと12XUの共同でリリースされた Helmets Off を取り上げます。

 

The Hobknobs / The Helmets Off

本作は、2人がこれまで培ってきた感性を、男女の掛け合いヴォーカルとシンプルなギターワークに特化させた作品です。無駄な装飾を徹底的に削ぎ落とし、生々しくも温かみのあるDIY精神に溢れた楽曲を展開しています。互いの音楽性を高く評価しつつも、そこから新たな方向性を示した仕上がりと言えるでしょう。デュオ名である Hobknobs(hobnob)には、親しく付き合う、打ち解けて話す といった意味があります。その名の通り、本作は日常会話のような心地よい雰囲気を醸し出しつつも、どこかよそよそしく、どこか脆さを感じさせる 親密さ を織り成しています。些細な日常が共有され、それが彼ら独自の斜に構えた視点で、まるでスケッチのように捉えられているのです。

 

アルバムタイトルにもなった ヘルメットを脱いだ(Helmets Off)というフレーズは、15曲目 Enarmoured の歌詞に登場します。「彼らを戦争に行かせてください。戦争は穏やかにしてください。彼らに銃を持たせてください。彼らは武器と優しく触れ合い、抱きしめるでしょう。彼らはお互いに抱きしめ合うことができます。それは彼らに夜を乗り切らせるでしょう。それらが輝くようにヘルメットを脱がせ、日光を浴びさせてください。太陽の下で」と彼らは歌います。その他の楽曲でも、ヘルメットを脱いだあとの感情むき出しの人間が、日々の生活で見せる可笑しさ、寂しさ、そして静かな抵抗が、ユーモラスに描かれています。

 

2分から3分台の短い曲ばかりで、ローファイでシンプルな演奏だからこそ、考える余裕すら与えずにすうっと心の隙間を通り過ぎていく。どこか煙に巻かれるような、軽快でトリッキーな感覚もあります。そんな削ぎ落とされた音のなかに、2人の底知れぬ音楽センスを感じてしまった。素晴らしいです。

 

ライブでは、サポート・メンバーが参加しています。たぶん、LewsbergとThe Klittensの両バンドに在籍している Marrit Meinema かと思います。

 

 

 

Arie van Vliet率いる Lewsberg の2023年アルバム Out And About の音源です。

 

Yaël Dekkerがヴォーカルを務める The Klittens の2026年9月にリリースされたばかりの新作音源です。ヴァイオリンとしてArie van Vliet がゲスト参加しています。

 

 

The Telescopesのハンド編成を意識した新作 ”Static Charge”

The Telescopesは、1987年にStephen Lawrieによって結成されたイギリスのロックバンドです。ノイズ、サイケデリック、シューゲイザー、スペース・ロックなど、独自の鋭利で幽玄なサウンドを展開しています。1992年にセルフタイトルの2ndアルバム ”The Telescopes” をリリースしたあと、10年近く活動を休止。2002年の復活以降はメンバーが流動的となり、Lawrieのソロ・プロジェクト的な様相を呈してきました。本日は、2024年6月にTapete Recordsからリリースされた新作 "Static Charge" を取り上げます。

 

The Telescopes / Static Charge

本作はスタジオ・アルバムとして通算19作目となり、これまでの流動的な体制から一転し、バンド編成を意識した制作となっています。クレジットには On These Recordings The Telescopes are...として、Stephen Lawrie(G, Vo)、Darrell Carter(G)、Robert Prest(B)、John Lynch(Dr, Per)の4名が名を連ねています。プロモーション画像でも、お面を被っているとはいえ4人のメンバーが揃っている写真は、80年代から90年代の初期以来では、ないでしょうか。それだけに、このアルバムに対する Lawrie の強い思いが伝わってきます。

 

全7曲、ゆったりとしたモータリック・グルーヴを軸に、ヘヴィでノイジーなギターが掻き鳴らされる本作。そこへStephen Lawrieのダウナーで疲労感に満ちたヴォーカルが絡みつきます。感情を表に出さずストイックに淡々と歌い上げるヴォーカルと、攻撃的なギターを見せつつもドローンとミニマリズムで空間を埋め尽くすギターが、聴き手を催眠的で幻覚的な世界へと完全に引きずり込みます。このアルバムが生々しいのは、Lawrieのプライベートスタジオで制作され、ヴォーカルのハーモニーを除いて ライブレコーディングの一発録り というプリミティブな手法が採られているからなのでしょう。その場の生々しい熱量や空気をそのまま伝えたかったのかもしれませんね。彼のバンド編成に懸けた並々ならぬ熱量が窺える。結成から40年近くが経ちながらも、常に新たな試みを追求し続けるThe Telescopesの、まさに傑作といえる1枚です。

 

The Telescopesは、これまでに日本でライブを行ったことはありません。2012年2月に初の来日公演がスケジュールされていましたが、残念ながらキャンセルとなってしまいました。ヨーロッパなどでのライブ活動は精力的に続けているだけに、早くこのメンバーで日本公演を行って欲しい!

 

 

 

The Telescopesの場合、アルバム量が多いのも確かです。コンピレーション盤やライブ盤なども多数リリースしています。今年も新作 “Static Charge” 以外にライブ盤もリリースされている。今回は、そのライブ盤も取り上げたいと思う。

The Telescopes / Editions II: Space Fest

レーベルGlass Modernよりリリースされた、Record Store Day 2026の限定アイテム。2015年12月4日にポーランドのグダニスクで開催された音楽フェスSpacefest!でのライブ音源を収録したアルバムです。特筆すべきは、彼らの1988年のデビューアルバム ”Taste” からThe Perfect NeedleとViolenceの2曲が演奏されている点でしょう。その他の3曲も、2015年 “Hidden Fields” 収録のYou Know The Way、2021年 “Songs Of Love And Revolution” 収録のWe See Magic And We Are Neutral, Unnecessary、2013年 “Harm” 収録のHeldと、各年代からバランスよく選曲されています。なかでも We See Magic And We Are Neutral, Unnecessary は、アルバムに収録される5年も前からすでにライブの定番曲であったことが伺えます。

 

このように新旧の楽曲が絶妙なバランスで散りばめられたセットリストは、ファンなら納得せざるを得ない内容です。The Telescopesの持ち味である、呪術的で没入感のあるサイケデリック・サウンドを存分に体感できる本作。聴いていると、やはり実際のライブに足を運びたくなってしまいます。

 

 

 

これまで The Telescopes について色々と書いています。 

 

 

2026年9月のディスカホリック

物置に17年近く放置しているCDを処分するために、某レコード店に買い取りを頼んだ。今回も20%増しのキャンペーンです。一度にすべて処分すれはいいのにと思う人も居ると思うが、徐々にやって行くのがいいのですよ。一応、品定めもしなきゃならないし、時間も掛かる。物置からCDの入った段ボール箱を持ってきて、何も考えずに一気にやろうと思っていた。しかし、段ボール箱を開けて一番初めに目に付いたのが、Akron FamilyのLove Is Simpleだった。2007年の個人的ベストアルバムNo.1ですよ。当時、“これを聴かずして、他に何があるんだよ!” と豪語していました。さすがにこれは処分を外しました。ほんの少しだけ聴こうと思っていたが、しっかりと何回も聴き入ってしまった。そのため、その日のCDの品定め作業は中断となってしまった。

 

今回はこのAkron FamilyのLove Is Simpleについても取り上げます。

Akron Family / Love Is Simple

本作はSwansのMichael Giraが主宰するレーベルYoung God Recordsから2007年にリリース。2002年から2013年まで活動していたアメリカの4人組フォークロック・バンドです。ニューヨークのブルックリンで結成され、フリー・フォークやサイケデリック・ロックなどを融合させた独自の音楽性で人気を集めました。特に本作は呪術的な詠唱やノイズやエレクトロニクス、美しいコーラスワークが万華鏡のように目まぐるしく変化して、祭りの高揚感とその後の静けさを組み合わせた彼らの最高傑作です。

 

 

 

2026年9月のディスカホリックは、レコード7、CD3、カセット2の12作品の購入実績でした。今月もこれだと思うものが目白押しです。何とか個別に取り上げたいと思っています。

Eddy Current Suppression Ring / In Light of Recent Events(Vinyl) 購入先Tower Record Online 購入価格4,290円

オーストラリア・メルボルン出身のガレージ・ロックバンドEddy Current Suppression Ringの前作から約7年ぶりとなる新作です。すっとぼけたヴォーカルとギターの疾走感が気持ちいい!

 

 

Earthball / Actual Earth Music-Volume 3 & 4(CD) 購入先Tower Record Online 購入価格2,890円

カナダのインディー・ノイズ・アヴァン・ロックバンドEarthballの今年リリースされたライブアルバム。彼らの場合、ライブ盤もスタジオ盤も殆ど変わらないですね。

 

 

Parts & Labor / Set Of All Sets(CD) 購入先Tower Record Online 購入価格3,190円

アメリカ・ブルックリン出身のノイズ・ロックバンドParts & Labor が 15年振りとなる新作です。

 

 

The Hobknobs / The Helmets Off(CD) 購入先Tower Record Online 購入価格2,690円

オランダのロッテルダムを拠点とするインディーポップ・デュオThe Hobknobsのデビューアルバム。ローファイなこのポップ感、いいですね。

 

 

The Telescopesの2作品

The Telescopes / Static Charge(Vinyl) 購入先Tower Record Online 購入価格5,210円

Tapete RecordsよりリリースされたThe Telescopesの新作です。

 

The Telescopes / Editions II: Space Fest(Vinyl) 購入先Disk Union Online 購入価格3,542円

The TelescopesのレーベルGlass ModernよりリリースされたRecord Store Day 2026の限定アイテム。2015年12月4日にポーランドのグダニスクで開催された音楽フェス Spacefest! でのライブ・アルバムです。

 

 

Vox Populi! / In Dub(Vinyl) 購入先Disk Union Online 購入価格4,180円

1980年代に活動したフランスのエスノ・インダストリアルバンドVox Populi! のアーカイブ音源を、現代パリの気鋭プロデューサー4組がダブの視点で再構築した作品です。

 

 

Bird People / Valley Quests(Cassette) 購入先Feathered Coyote Records Bandcamp 購入価格€32.50EUR(3,149円)

オーストリア・ウィーンのUlrich Musa-Rois率いるサイケデリック、フリー・フォーク、ドローン・ミュージックを奏でるプロジェクトBird Peopleの新作。これまでは様々なメンバーの参加で制作されていたが、今回は相方であるSwantje Musa-Roisとのデュオ作品となっています。

 

 

Various Artists/ Sounds from A Berry Feast Vol. 7(Cassette) 購入先Feathered Coyote Records Bandcamp 購入価格€32.50EUR(3,149円)

Feathered Coyote Recordsからリリースされたリリースされたコンピレーション・アルバム。7組収録していますが、いずれもオーストリアで開催されている、サイケデリック、ドローン、フォーク、ノイズ、実験音楽を中心とした音楽フェス A Berry Feast の出演アーティストです。Bird Peopleも参加しています。

 

 

Steven R. Smith / Half Light Unfolding(Vinyl) 購入先Eiderdown Records Bandcamp 購入価格$35.00 USD(5,817円)

Steven R. Smithの新作です。これまでのドローンやサイケデリックな作風から一線を画し、アコースティックなアプローチを取り入れた新境地的な作品となっています。

 

 

Nick Jonah Davis / Rose Delta Rising(Vinyl) 購入先Eiderdown Records Bandcamp 購入価格$35.00 USD(5,817円)

イギリス・ダービーシャー出身のギタリストNick Jonah Davisの新作。これまでのギターソロ的な作風からドラム、ダブルベース、ストリングスが加わり、フォーク、カントリー&ブルース、フリー・インプロヴィゼーションを融合させた世界です。

 

 

Drew Gardner / Rabbit Ears(Vinyl) 購入先Eiderdown Records Bandcamp 購入価格$35.00 USD(5,817円)

Jeffrey Alexander + The Heavy Liddersのギタリストとしても活動しているDrew Gardnerの新作。サイケデリック・ロックをベースに、フリー・ジャズ的なアプローチも展開している即興ギター・ジャムの世界です。

 

 

 

 

今月更新した記事です。

 

 

The Durutti Columnの奇跡の新作 Renascent に寄せて

Reilly: ‘I’ve been through 13 psychiatrists. So that’s enough of that.’

The Durutti Columnとの出会いは、今から43年前、私がレコード会社の新人営業マンとして働いていたときでした。レコード店の担当者から “ちょっとお疲れ気味だね、こんなの聴いてみたら” と勧められたのが、1980年のデビュー作で名盤「The Return Of The Durutti Column」であった。“静かなるパンクだよ” と言われても、当時は ”何それ?” と思ったのです。まだ国内盤が出る前で、情報もほとんどない時代でした。しかし、恐る恐る針を落としてみて、私は一瞬でドツボに嵌まってしまったのであった。好きな音楽に関われる仕事に就いていたものの、毎日売り上げに追われ、自分の会社のレコードに対して “誰が買うんだよ” と愚痴ばかり。プライベートで音楽を聴く気になれなかったのも確かです。今思うと、そんな私の状況を察して声をかけてくれたレコード店の担当者には、感謝しかありません。その後、その仕事を離れてしばらくは音楽への興味を失っていたが、The Durutti Columnだけはしっかりと追い続けフォローし続けていた。

 

2010年にThe Durutti ColumnのVini Reillyが脳梗塞で倒れ、危篤状態にあったことは伝わっていた。その後、しばらく情報が途絶えていたが、2023年にイギリスのThe Guardian紙にVini Reillyのインタビューが掲載された。彼は長年にわたるPTSDとの闘いについて語り、脳梗塞が心身に与えた肉体的・精神的な負担を明らかにした。脳梗塞後もギターはずっと続けており、ある程度のレベルには達したものの、全盛期のレベルには程遠いとも吐露しています。自宅でのレコーディングも行ってはいるが、“60年間演奏してきたことで素晴らしい人生を送ってきた。これでもう十分だ” と記事は締めくくられている。この記事を読んだとき、彼がこのままゆっくりとフェイドアウトしていくのだろうと、誰もが思ったに違いない。

 

Guardian紙のインタビュー記事です。

 

ところが、今年7月に15年振りとなる新作がリリースされたのです。The Guardian紙が彼を取り上げた影響は、個人的にとても大きかったと思っている。まだインタビューを受ける余力があったこと、そして記事でも言及されていた2020年の自宅でギターを弾く映像を見て、これならいけると感じたリスナーも多かったはずです。そして何より、The Durutti ColumnのメンバーであるBruce MitchellやKeir Stewartの後押しもあったのでしょうね。

 

2020年のギターを弾く映像です。

 

The Durutti Column / Renascent

本作は、Vini Reillyの残されたわずかな力を振り絞り、自宅で様々なセッションを重ねながら作られました。彼のギターとヴォーカルのほか、ドラムやパーカッションには結成時からの相棒であるBruce Mitchell、プロデュース、ベース、キーボードには1998年からサウンドを支えてきたKeir Stewartが参加。さらにゲスト・ヴォーカルとして、今年6月にロンドンで開催されたMeltdown Festivalの一環として企画されたThe Durutti Columnのトリビュート公演に参加していた、Caoilfhionn Roseも参加しています。

 

冒頭の1曲目 Echoes in the Memory は、1分半にも満たない短い曲ですが、これぞVini Reillyのギターワークだと強く実感させられた。Caoilfhionn Roseがヴォーカルを務める4曲目 Agonistes や8曲目 Sargasso Sea にはハッとさせられ、バンドへのリスペクトとオマージュをしっかりと感じ取ることができます。一方、Vini Reilly自身が歌う5曲目 Liars や9曲目 Scammer からは、生死の境をさまよった彼だからこその、不思議な力強さを感じた。特に Liars は、I'm sorry、I love you と囁くように歌っている。これはリスナー始めとして支えてくれた人々へのメッセージです。思わずほろっとしてしまった。Durutti Columnが長い歴史の中で培ってきたアンビエント、ポストパンク、ドリームポップといったすべての要素が、見事にまとめ上げられています。そしてその中心でVini Reillyのギターは、今もなお美しく新鮮に鳴り響く。

 

Vini Reilly with Bruce Mitchell, the drummer in the Durutti Column

アルバムタイトルの Renascent は、復活を意味する言葉です。しかしプレスリリースによると、この新作はThe Durutti Columnにとって最後のアルバムになる可能性が高いとのこと。現在73歳のVini Reillyは、86歳になったBruce Mitchellとその家族に守護者として支えられているようです。1980年代のファクトリー・レコード時代から、幾多の変化や困難を共にしてきた二人の絆は、まるで長年連れ添った老夫婦のようでもあります。Vini Reillyには、これからもどうか穏やかに、少しでも長く生きてほしいと願わずにはいられません。

 

 

Sam Gendel & Sam Wilkesの待望4作目、これまでのサックスとベースとはまったく異なる世界!

ともにロサンゼルスの次世代ジャズシーンを牽引するサックス奏者Sam GendelとベーシストSam Wilkes。個々に様々な活動を行いつつ、デュオとしての代表作「Music for Saxofone & Bass Guitar」でその実力と知名度をさらに広めていきました。今年5月にSam Gendel & Sam Wilkesの3回目となる来日公演が行われたが、残念ながら行くことができませんでした。ただ、その来日に合わせるかのように、待望の4作目がリリース。今回はセルフリリースとのことで、4月にデジタルを先行配信させ、レコードとカセットは7月になってからの発売となりました。

 

Sam Gendel & Sam Wilkes / Unrelated

本作は、彼らの代名詞であったサックスとベースの組み合わせから離れ、ギター、ギターシンセ、ウインドシンセ、ベースを駆使する新たなる試みを実践している。これまでのカッチリとした音作りというよりも、無造作に鳴らされるシンセ、乾いた質感のギター、曖昧で控えめなリズムによって幻想的で浮遊感あふれる幽玄なサウンドを構築しています。全8曲で約27分というコンパクトな作りになっているが、1音 1音をしっかりと聴いていくと軽やかでありながら、どこか奇矯な音の配置を感じる。前衛的とまでは言わずとも、ジャズ、アンビエント、エレクトロニカを緩やかに横断するアプローチは、実験音楽シーンにも精通している彼ら独自の音響空間でもあります。

 

セルフリリースということもあって、マスタリング以外の作曲、録音、編曲、ミキシングはすべて2人が行い、さらにレコードやカセットなどの梱包や発送も自ら行っていたようです。まさにDIY的な制作に拘った本作は、これまでのサックスとベースとはまったく異なる世界に戸惑ったリスナーも多いと思う。だが、アルバムタイトル Unrelated が示すように “そんなの関係ねぇ” と一撃を食らわしているかのようです。改めて、彼らの幅広い音楽センスを見せつけられた1作です。今更ですが、5月のライブに行くことができなかったことを悔やんでいる。

 

 

 

Sam Gendel & Sam Wilkesの過去のアルバムについて書いています。