スウェーデン、ヨーテポリを拠点とする男女デュオTreasury Of Puppies。ジャケット・アートワークも行っているCharlott Malmenholtとソロユニットでも活動しているJoakim Karlssonの2人によって結成。2020年にアルバム・デビューして、今年2ndアルバム “Mitt stora nu” をリリースしました。Lo-Fiベッドルーム・ミュージックからアンビエントまで網羅した不思議な世界。
Treasury Of Puppies / Mitt stora nu
本作は地元のレーベルDiscreet Musicよりレコード・オンリーでリリース。Charlott Malmenholtのダウナーなヴォーカルやリーディング・ヴォイスに絡むサウンドアートなアンビエント、スロウ・コア的なギター、フィールドレコーディングされた音が走馬灯のように鳴り響いています。マスタリングはデビュー・アルバム同様にイタリアの実験音楽家Giuseppe Ielasiが担当。レコーディングには敢えて古い録音機材を用いています。Lo-Fiな雰囲気を醸し出したいTreasury Of Puppiesの拘りなのでしょう。
"Rotten Apples Of Love"、“Dödens Soffa” そして “Mitt Stora Nu” の3曲は、Treasury Of Puppies流のロックを試みた、まさにLo-Fiベッドルーム・ミュージックといった趣です。一方で、 “Skriv När Du Är Hemma” や “En Blick I Blicken” の2曲は、Charlott MalmenholtとJoakim Karlssonのリーディング・ヴォイスに絡むアンビエントな世界。このように多彩で様々なアプローチを仕掛けていますが、心地よく独自の不思議なテクスチャーを築き上げています。マスタリングを担当したGiuseppe Ielasiの技が生きていると思う素晴らしい1枚です。
Treasury Of Puppiesの歌詞は、彼らが影響を受けたMare Kandre、Edith Södergran、Edgar Allan Poe、Britney Spearsについての叙事詩的な内容が盛り込まれているとのことです。Mare Kandre(1962-2005)は、エストニア系のスウェーデン人作家で、80年代にポスト・パンクバンドGlobal Infantilistsのヴォーカリストでもありました。Edith Södergran(1892-1923)はスウェーデン語を話すフィンランドの詩人で、スウェーデン語の詩と音楽の歌詞に影響を与え続けています。Mare Kandreも影響を受けた1人とのことです。Edgar Allan Poe(1809-1849)は日本でも知名度の高いアメリカの小説家。Britney Spearsは誰もが知っているアメリカの歌手で女優ですね。
ニュージーランド、ウェリントン出身のYuri Frusin、Helen Johnstoneの2人により80年代後半に結成されたThe Garbage & the Flowers。サポート・メンバーを加えて活動を行い、1992年のデビュー・シングルから5年も経った97年に1stアルバム “Eyes Rind As If Beggars” をリリース。その後、2000年代中頃までは音沙汰がなく、2007年にThe Garbage & the Flowersの派生バンドEntlangとのスプリット・カセット音源で音楽シーンに復帰。2008年にニュージーランドでのライブ・アルバム “Stoned Rehearsal” をリリースしている。“Eyes Rind As If Beggars” がVelvet Undergroundを想起させるサイケデリックなアート感で、一部リスナーからはカルト的な存在になっていた。因みに、The Garbage & the Flowersのバンド名は、Leonard Cohenの “Suzanne” の一節から取ったようです。
その後、2人は拠点をオーストラリア、シドニーに移した。2013年に “Eyes Rind As If Beggars” をイギリスのFire Recordsがリイシューしたことで、一気に知名度が上がったのです。私もこの時にThe Garbage & the Flowersの存在を知ったのでした。2016年には 97年の “Eyes Rind As If Beggars” 以前に録音した未発表音源集 “The Deep Niche” をリリース。結成から30年以上経っている中で、アルバム3枚、シングルEP盤8枚ほどリリースしているが、オーストラリアに移ってからの新録としての新作はリリースされていない。それでもメンバーを集めてライブ活動は行っていた。そんな状況の中、満を持して新作がリリースされました。
The Garbage & the Flowers / Cinnamon Sea
Fire Recordsよりレコードとしてリリースされた本作は、オーストラリアのビクトリア州ゴールドフィールドの小さな村の廃墟となった裁判所で2019年に録音されています。全5曲収録でミニ・アルバム的な感じです。Yuri Frusin(ギター、ヴォーカル)とHelen Johnstone(ギター、ヴォーカル)の2人に加えてBen Wright Smith(ギター)、 Dan Lewis(ギター)、Stuart Olsen(ベース)、Paul Williams(ドラムス)の6人編成となっています。
プロデュースはメンバーであるBen Wright Smithが担当。これまでの“The Deep Niche”のようなアシッド・フォーキーな感じでもなく、Helen Johnstoneのヴィオラを用いて多彩な雰囲気を醸し出していた “Eyes Rind As If Beggars” とも違っている。Helen JohnstoneとYuri Frusinのヴォーカルを中心に何本ものギターがシンプルで有りながらもバランスよく鳴り響いて、インディーズ・ギターバンドといった様相を示している。
Helen Johnstoneが歌う “Eye Know Who You Are”、“Cinnamon Sea”、“On the Radio” の3曲は、何れも彼女の飾らない歌声がノスタルジックで恍惚を感じる。心の中にすっと染みこんでエンドレスに聴き込んでしまう。ふとLeonard Cohenの “Suzanne” の影響なのかとも思ってしまった。一方でYuri Frusinが歌う “Red Star” に絡むHelen Johnstoneの歌声は、茶目っ気に溢れ30年以上に渡る2人の関係性を物語っているように思う。ラスト曲 “Jacob B” はHelen Johnstoneの弾き語りで締めくくっている。
ウクライナのキエフ(キーウ)出身の音楽家Valentina Goncharova。16歳からレニングラード(現サンクトペテルブルク)で、ソ連のクラシック音楽研究に没頭しヴァイオリンを学ぶ。1984年にエストニアに移り、この頃よりクラシックのみならず、フリージャズ、電子音楽、実験的なロックに興味を持つようになっていた。これまで彼女の音源は1989年に8枚組CD BOX “Document - New Music From Russia - The 80's” の1枚として “Ocean” がリリースされていただけでした。
もう1人注目しなければ成らないのがヴォーカルのVeronica Torresです。これまではスポークンワード的に淡々と歌うことが多かった。でも本作ではしっとりとロマンティックにも歌い上げています。その代表曲的な曲ががParquet CourtsのAndrew SavageとのデュエットTears in The Rain (feat. A. Savage)です。Jonathan SchenkeがParquet Courtsのアルバム制作にエンジニアとして関わっていたことが切っ掛けで、このデュエットが企画されました。ヴォーカリストVeronica Torresとしての魅力がアップされたことは確かですね。
本作は歌詞の世界もユニークです。“Blue Nude (Reclined)” はHenri Matisseの切り絵を、“Lying with the Wolf” はKiki Smithの紙画を、それぞれモチーフにしてVeronica Torres が歌詞を書いています。オリジナルアートと歌詞もアップしておきます。
興味深いのは2曲のヴォーカル曲が、いずれもカヴァー曲であります。3曲目 “Angel of Death” が、若くして亡くなった伝説のカントリーシンガーHank Williamsの50年代の曲です。そして5曲目 “Noble Experiment” が90年代のローファイ・カルトバンドThinking Fellers Union Local 282の傑作アルバム “Strangers From The Universe” からの曲であります。この異なる2曲をカヴァー曲として収録するMagic Tuber Stringbandの感性に驚いてしまった。歌詞とオリジナル曲をアップしますので、聴き比べてくだい。
Hank Williams-Angel of Death
死の天使があなたのうしろに降りてくる
あなたは笑いながら言えますか?
自分は間違っちゃいなかったと
正直に言えますか?
死にかけの息をして
死の天使に会う準備をしながら
Thinking Fellers Union Local 282-Noble Experiment
人間であることをやめる時が来たのだ
新しい生き物を見つける時だ
魚や雑草やスズメになりなさい
地球は疲れ果て、あなた方の時間はすべて失われたのです
この2曲の歌詞からHank WilliamsとThinking Fellers Union Local 282の不思議な共通点を見出すことが出来ますね。今の時代を表している様にも思う。
Hank Williamsについては、何も情報を持っていませんが、Thinking Fellers Union Local 282は好きなバンドだけに嬉しいです。Noble Experimentはアルバム “Strangers From The Universe” のラスト曲で、カオスティックにガチャガチャと掻き鳴らす曲が多い中で、最後にしっとりとバラードで締めくくっています。Magic Tuber Stringbandのお陰で、Thinking Fellers Union Local 282について、歌詞も含めて再確認することが出来ました。